FC2ブログ

記事一覧

2018年の思い出②下半期

さて、今年後半の鉄道写真は何と10月の北みちのくドライブの1回だけ。何ということか…。来年は、行く先短いと思われるしなの鉄道の115系をもっと撮っておきたい…。  1枚目: 蓬莱山の俯瞰ポイントからの羽越本線のキハ47。新潟色だが、よく目立つ。(10月22日) 2枚目: 羽越本線の貨物列車を女鹿―吹浦間で。元寝台特急を牽いたブルーのEF510だった。(10月22日) 3枚目: 八郎潟の天王付近の鉄橋を渡る男鹿線カラー...

続きを読む

2018年の思い出①上半期

2018年は自宅近くの鉄道は大きな変動がなくて、撮影旅行だけの鉄道写真となってしまった。普段の姿をできるだけ撮っておくという日本一周のポリシーとは逆行する結果となってしまった。反省…。  1枚目: 長野電鉄の特急ゆけむりと長野市吉田の火の見やぐら。(2月12日) 2枚目: 大人の休日俱楽部フリー切符を使って、またも厳冬の北海道へ。釧路の製紙工場とキハ40。(1月26日) 3枚目: 根室本線尺別の丘で太...

続きを読む

日本一周の走り抜けた名列車たち(220)特急「はくたか」

特急「はくたか」は、北陸新幹線開業前の首都圏と北陸との最短コースで、上越新幹線の越後湯沢で接続して、ほくほく線経由で直江津に直行する。この「はくたか」はほくほく線のトンネル内を160km/hrの狭軌最高速度で、北陸線の長大トンネルを130km/hrで突っ走った。表定速度でもトップクラスの特急であった。  1枚目: 北陸本線糸魚川駅での特急「はくたか」。車両はほくほく線の681系、683系のスノーラビットだ。(2008年...

続きを読む

日本一周の走り抜けた名列車たち(219)特急「北越」

特急「北越」は、かつては大阪―金沢―新潟を結ぶ特急であったが、1978年には大阪―金沢間は「雷鳥」に統一され、「北越」は金沢―新潟間に短縮された。さらに北陸新幹線開業に伴う北陸本線金沢―直江津間の3セク化により廃止となった。  1枚目: 信越本線笠島駅を通過する485系R編成の特急「北越」。(2008年7月1日) 2枚目: オリジナルの485系による北越。左上の大きな橋は国道8号線の米山大橋。(2008年7月1日) 3枚...

続きを読む

日本一周の走り抜けた名列車たち(218)快速「くびき野」

 信越本線の新潟―新井間を結んだ快速列車「くびき野」。以前は特急「みのり」として長野―新潟を結んでいたものが短縮されて、新潟県内となったもの。もちろん485系の特急用電車で運転されたお徳用な電車だった。現在は特急しらゆきとして復活した。  1枚目: 青海川を行く485系の快速「くびき野」。(2008年7月1日) 2枚目: 米山俯瞰。(2008年7月1日) 3枚目: 米山俯瞰からアップで。(2008年7月1日) ...

続きを読む

日本一周の走り抜けた名列車たち(217)583系夜行急行「きたぐに」

急行「きたぐに」は大阪―新潟間を結んで、1985年から583系電車で運転された寝台特急用電車。583系寝台特急電車は、1967年に交直60Hz用として581系が、翌年50Hzにも入線可能な3電源対応車として583系が登場した。2012年に定期運用が廃止された、この「きたぐに」が583系電車の最後の定期運用となった。  1枚目: 塗装こそ国鉄色から「きたぐに」塗装になったが、信越海線の有名ポイン青海川―鯨波間の日本海をバックにさっ...

続きを読む

日本一周の走り抜けた名列車たち(216)長野電鉄「2000系特急」

1957年(昭和32年)から登場した長野電鉄の看板列車だった特急車両2000系。長野電鉄の自社発注による車両で、日本車両の製造。山ノ内線の40‰の急こう配を上り下りしつつ、半世紀以上にわたって北信濃の長野―湯田中間を走り続けた。  1枚目: 後追いではあるが、旧村山鉄橋を渡る2000系特急。写真は、西行きの新橋が完成して、旧村山橋は東行きの一方通行となっている。(2008年4月27日) 2枚目: 善光寺下の地下区間を抜...

続きを読む

日本一周の走り抜けた名列車たち(215)磐越西線「快速」

郡山―会津若松間の速達列車として運転された磐越西線の快速列車。「ばんだい」とか「あいづライナー」の名前がついていた時期もあるが、現在はただの名無しの快速。(2008年4月16日)  1枚目: 翁島―磐梯町間を下るあかべぇ塗装の719系の快速。 2枚目: 川桁―猪苗代間。左の建物はホテルリステル猪苗代。 3枚目: 磐梯山をバックに踏切を行く。 4枚目: かつてはスイッチバツクの駅だった旧中山宿駅を行く。&nb...

続きを読む

日本一周の走り抜けた名列車たち(214)快速「あいづライナー」

特急「あいづ」といえば、もともとは東京と会津を結ぶL特急。新幹線開業後は上野―郡山間は廃止、郡山-会津若松・喜多方間の特急「ビバあいづ」となったが、何としても距離が短すぎて、不定期なったり快速「あいづライナー」になったりしていた。写真は2008年ころ、あかべぇ塗装で頑張る「あいづライナー」か。(2008年4月16日) 1枚目: 磐越西線磐梯町―東長原間にて。485系あかべぇ塗装の「あいづライナー」。 2枚目: い...

続きを読む

日本一周の走り抜けた名列車たち(213)快速「アクティ」

東海道線東京口の快速電車「アクティ」。特急踊り子の停車駅を削減するために、1989年より運転された。  1枚目: 湘南色の113系による快速「アクティ」。横浜―戸塚間の清水谷戸にて。(1993年8月22日) 2枚目: 戸塚―横浜間の権太坂切通しを走る。(2008年3月28日) 3枚目: 炎天下の根府川駅の3752M。(2008年7月11日) 4枚目: 湯河原駅に入線する211系の「アクティ」。グリーン車2両の長大編成が東海道の名残を...

続きを読む

プロフィール

鉄道日本一周

Author:鉄道日本一周
鉄道、火の見やぐら、棚田などの、日本のロマン豊かな風景の写真を撮るために、老骨にむち打ち駆け回っています。

ワインを飲むのも好き。
Uターンした長野県の高山村でワインぶどうを植えて、自分たちのワインも作っています。